大判例

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東京地方裁判所 昭和24年(行)9号 判決 1949年7月18日

原告

山口久太郞

外六名

被告

東京都議会

外一名

"

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

請求の趣旨

原告等訴訟代理人は、「被告東京都議会が原告山口久太郞、同山屋八万雄に対して爲した昭和二十三年十二月二十七日附東京都会議員辞職許可、並びに、被告東京都会議長石原永明が原告高木惣市、同西本啓、同秋葉保に対して爲した同月二十六日附、原告長瀨健太郞に対して爲した同月二十九日附、原告新井京太に対して爲した同二十四年一月二日附各東京都会議員辞職許可はいずれもこれを取消す」との判決を求める。

事実

原告等は、いずれも、昭和二十二年四月三十日施行された東京都会議員の総選挙に立候補の上、当選した東京都会議員であるが、同二十四年一月二十三日施行の衆議院議員の総選挙に立候補するに際し、昭和二十三年法律第百九十五号衆議院議員選挙法の一部る改正する法律(以下單に改正法律という)第六十七條第五項によれば、東京都会議員の職を辞した後でなければ、衆議院議員候補者として立候補の届出をすることが出來ないので、原告等は、右立候補を爲すため、已むを得ず、昭和二十三年十二月から翌二十四年一月迄の間、被告等に対して、それぞそ、右改正法律の條項は憲法に違反し無効であると信ずるが、この條項により衆議院議員立候補届出の要件を具備するため已むを得ず辞職する旨を明示して、東京都会議員の辞職を申出で、これに対し被告等は、原告等に対して、それぞれ請求の趣旨記載の如き許可を爲した。ところで、原告等はもともと東京都会議員を辞職する意思はなく、右辞職申出は一に前記改正法律の條項があるため、これに強制されて衆議院議員立候補届出の形式的要件を具備するためにのみこれを爲したものであるところ、右改正法律の條項は、次の理由により、憲法に違反し無効のものであるから、この條項による原告等の右辞職申出も無効であり、從てこれに対する被告等の許可も亦無効であると言わなけばならない。即ち、同條項は「法律ノ定ムル所ニ依リ衆議院議員ト相兼ヌルコトヲ得ザル國又ハ地方公共團体ノ公務員ニ係ル第一項乃至第三項ノ届出(註衆議院議員候補者の届出又は推薦届出を指す)ハ其ノ者ガ公務員タルコトヲ辞シタル後ニ非ザレバ之ヲ爲スコトヲ得ズ」と規定し、從來地方公共團体の議会の議員について、法令により定められていた、衆議院議員との兼職禁止の制度から更に一歩すゝんで地方公共團体の議会の議員は、在職の儘では、衆議院議員候補者として立候補することは出來ないと改正したのであるが、地方公共團体の議会の議員が衆議院議員の職を兼ねることは、両者の職務が互に抵触してその本來の機能を発揮し得ず、又は甚しい不都合を來す惧れがあるのでこれを禁止することは十分の理由を認め得るのに反し、地方公共團体の議会の議員が單に衆議院議員候補者として立候補を爲すに止まる場合には、兼職について認められる右の様な弊害があり得ないのはもち論、その外にも不都合な事情はないから、これについては何等の制限を設けず、從來通り、自由にこれを許して差支えないのである。立法者は、右の改正の唯一の理由として、選挙公営のために候補者の濫立を防止することが必要であると説明しているが、國家が國民に対し選挙を爲さしめ有能な代表者を國会に送らしめるためには、すべての人を自由に而も廣く立候補させなければならないのであるから、右の理由は妥当なものはない。凡そ、國民は憲法によつて被選挙権の自由且平等な享有を保障されているのであるのが、右の改正法律は、何の合理的理由もないのに、これに不当な制限を加え、地方公共團体の議会の議員にして衆議院議員の立候補を志すものに対して、その辞職を強要し、又は辞職という苦痛を與えて立候補の意思を抛棄させる様な結果を生せしめ、これによつて、衆議院議員の現職にあるものが自己の地位を確保しようと企図するものであるから、右改正法律の前記條項は、地方公共團体の議会の議員を除外しない点に於て、立法権を濫用し、日本國憲法第十一條、第十三條、第十四條、第四十四條等に違反して定められたものであつて、無効であると言わざるを得ない。而して、右條項が無効である以上、右條項により前記の如き事情の下に爲された原告等の前記東京都会議員の辞職申出は無効であり、從て、これに対して爲された被告等の前記辞職許可も亦無効であるから、茲に、原告等は被告等に対して右辞職許可の取消を求めるため、本訴請求に及んだ。」

と述べ証拠として、甲第一、二号証、第三号証の一、二、第四乃至第十二号証、第十三、十四号証の各一、二第十五号証の一乃至三、第十六乃至第十八号証の各一、二、第十九号証の一乃至三、第二十乃至第二十三号証の各一、二、第二十四号証を提出した。

被告等訴訟代理人は「原告の請求はこれを棄却する」との判決を求め、答弁として「原告の主張する事実中改正法律の第六十七條第五項が國民の被選挙権の自由な享有を制限するものであるという点は知らない、その他の事実は認める」と述べ、甲号各証の成立を認めた。

理由

原告等がいずれも、昭和二十二年四月三十日施行された東京都議会議員の総選挙に立候補の上、当選した東京都会議員であること、原告等が同二十四年一月二十三日施行の衆議院議員の総選挙に立候補をするのに際し昭和二十三年十二月から翌二十四年一月迄の間、被告等に対して東京都会議員の辞職を申出で、これに対し、被告等が、原告等に対して、それぞれ原告主張の如く許可を爲したこと、及び原告等の右辞職申出は改正法律第六十七條第五項に於て、東京都会議員の職を辞した後でなければ、衆議院議員候補者として立候補の届出をすることが出來ない旨規定せられたので已むを得ず、同條項による右立候補届出の形式的要件を具備するためにのみ爲したものであつて、原告等は被告等に対して右辞職申出を爲す際、それぞれ右條項は憲法に違反し無効であると信ずるが、この條項により衆議院議員立候補届出の要件を具備するため已むを得ず辞職する旨を明示したことは当事者間に爭がない。而して、東京都会議員が衆議院議員候補者として立候補する場合には、右改正法律の條項が憲法違反であることを理由として辞職申出をしない儘で立候補届出を爲し、選挙長が届出受理を拒むときには、訴訟によつてこれが救済を求める余地がないわけではないが、選挙期日を目前に控え差迫つた状況に於て、かゝる措置を要求することは通常人には到底期待出來ないことであつて、畢竟、原告等の右辞職申出は抵抗することの出來ない法の強制によつたものであると解するのが相当であるから、もし、その法律が憲法に違反して無効であるとすれば、右辞職申出は無効であり、從て、これに対して爲された辞職許可も亦無効であると言われなければならない。

依て進んで改正法律第六十七條第五項が憲法に違反するかどうかについて判断する。日本國憲法は、その第十四條に於て、一般に法の下に於ける平等を規定し、その政治的関係に於ける平等の保障として、第四十四條は「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信條、性別、社会的身分、門地、敎育、財産又は收入によつて差別してはならない」と規定し、國民に対して被選挙権の平等な享有を保障しているのであるが、この保障は、もとよりあらゆる場合、あらゆる点で國民被選挙権が絶対的に平等であることを要求するものではなく、唯その社会的身分等の異なるという理由だけで他に何等の合理的理由がないのに差別するというような非合理的な差別待遇を禁止する趣旨のものであると解する。ところで、第二國会に於て、選挙の公営を強化し、選挙を最も公平且つ適正に行い、以て選挙の腐敗を防止することを目的として、昭和二十三年法律第百九十六号選挙運動等の臨時特例に関する法律が制定ぜられたことは、当裁判所に顯著な事実であり、成立に爭のない甲第九号証によれば、右法律により選挙費用がかゝらないということになると、泡沫候補の売名的濫立によつて選挙界が攪乱せられ、公営に支障を來すことも予想されるので、濫立防止の措置の一方法として、本件改正法律第六十七條第五項が制定されることになつた事実を認めることが出來るのであるが選挙公営の建前として濫立防止の必要性が公営になる以前に比し一層增大していることは何人も首肯し得るところであり、殊に、わが國の政治の現状に於ては、とかく地方公共團体の議会の議員がその公務員たる有利な地位を恃んで漫然立候補し、当選の僥倖も万一に期するものも絶無とは言えないので、かような公務員であることの地位を利用しての立候補者の濫立を防止して、公営に関する國費の濫費を抑制することの必要性は十分にこれを認めることが出來るし、他面選挙の実際に於て、立候補者が公務員たるの肩書を利用して、投票を獲得する弊害の存することは当裁判所に顯著な事実であつて、かゝる弊害の存立する以上、立候補者たらんとする公務員は國務の遂行に支障を來さない限り、すべて先づ公務員たるの地位を辞して立候補すべきものとすることは、選挙の公正を期する所以であつて、かような見地からしても前記改正法律の條項が地方公共團体の議会の議員が衆議院議員候補者として立候補を爲すことについて制限を設けたことには、合理的理由があるものと解せざるを得ない。又大正十四年衆議院議員選挙法の制定以來、右改正法律の條項による改正に至る迄、地方公共團体の議会の議員が衆議院議員の総選挙に於て予め辞職しなければ立候補の届出が出來ないという制限をうけなかつたこと、換言すれば、在職の儘自由に立候補出來たことは、当裁判所に顯著な事実であるので、この事実からすれば、地方公共團体の議会の議員が在職の儘立候補することについて、從來は著しい弊害を伴わなかつたことが一應推測出來るけれども、日本國憲法第十五條によつて、公務員である地方公共團体の議会の議員も亦全体の奉仕者としてその職務を完うすべき義務を負うに至つた以上、在職の儘衆議院議員立候補者として立候補することによつて、たとえ一時的にもせよ、選挙運動のためにその本來の職務の遂行に支障を來すようなことは防止すべきであつて、前記改正法律の條項は、このような意図をも含むものであると考えられるから、この点に於ても、同條項による被選挙権の制限には、合理的理由があると解することが出來る。尤も右條項あるがため、衆議院議員に立候補せんとする地方公共團体の議会の議員の志氣が沮喪する惧れが窺われることは原告の主張する通りであつて、廣く有爲な人材の輩出に期待すべきわが國政界の將來のため、かゝる措置が果して妥当であるかどうかについては更に愼重に檢討する余地が存するであろうが、このことのみを以てしては、未だ直ちに右條項自体を目して被選挙権の合理的理由なき制限を定めたものと爲すことは出來ない。凡そ、制度の改正には一長一短があり、人によりその見るところを異にする場合のあり得ることは免れ難いところであつて、本件改正法律の條項についても亦多少の異見の存することは推測せられるけれども、前記の如き合理性が認められる以上、右條項は、日本國憲法第十四條、第四十四條に違反すると解することは出來ず、又もとより同法第十一條、第十三條等にも違反しないものと解すべきである。

右のような理由で改正法律第六十七條第五項は憲法に違反する無効のものではないから、その無効なことを前提とする原告等の本訴請求は、その他の点について判断を爲す迄もなく失当であるからこれを棄却せざるを得ない。

依て、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十三條第一項を適用して主文の通り判決する。

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